Research

我々は、病気(エイズ、癌、プリオン病等)や神経細胞の万能性に関連したタンパク質及び機能性RNAに関し、機能発現メカニズムをこれらの分子の3次元立体構造に基づいて解明しようとしています。

いったんメカニズムが明らかになれば、その知見に基づきより有用な機能性分子へと改変していく事も可能となり、創薬等に向けた指針も得られます。また立体構造からのアプローチと並行して、機能性分子の働きを培養細胞等を用いて生体内で検証することも行っています。

また非可食性木質バイオマスの構造解析と動態の解析を行い、得られた知見に基づいて木質バイオマスから、バイオエネルギー(バイオエタノール等)及び各種製品(バイオプラスチック、化粧品等)の原料となる有用物質を取り出す新しい手法を開発する事を行っています。最終的には環境に負荷をかけないバイオリファイナリーへのパラダイムシフトを見据えて研究を行っています。

研究に供する試料の調製及びより有用な分子への改変は、遺伝子操作の技術を駆使して行っています。また3次元立体構造の決定は、3台の核磁気共鳴(NMR)装置を用いて行なっています。

培養細胞を用いた検証は、RNAi等の分子生物学的な手法と蛍光観察等を組み合わせて行なっています。具体的な研究内容を以下に記します。

01. 酵素による木質バイオマス変換の高度化に向けた構造生物学的アプローチ

食糧問題と競合しない木質バイオマスの活用は、脱化石燃料に向けた重要な鍵を握っています。

当研究室では、木材腐朽菌が産生するセルロース分解酵素やリグニン分解酵素の構造生命科学的解析を進めています。さらに、溶液NMR法を用いた木質バイオマス解析技術の開発にも取り組んでおり、化学構造の変化や分解プロセスの各過程を詳細に追跡することが可能になりました。

これらの酵素科学とNMR技術を融合させることで、木質バイオマスの高度な活用法を確立し、バイオエネルギーや有用物質の効率的な生産を目指しています。最終的には、石油依存からの脱却を実現する次世代バイオリファイナリーの構築を目指します。

02. プリオンタンパク質を高い親和性で捕捉するRNA分子(RNAアプタマー)

このRNAアプタマーの立体構造をNMR法によって決定し、グアニン塩基4個とアデニン塩基2個からなるヘキサッド構造を有する特異な4重鎖構造を形成する事を見出しました。

またRNAアプタマーとプリオンタンパク質の複合体の構造解析から、高い捕捉能が発揮されるメカニズムを明らかにしました。

さらにこのRNAアプタマーには抗プリオン病活性がある事を生細胞を用いた実験によって実証しました。

03. 抗HIV活性を有するヒトのタンパク質APOBEC3G

APOBEC3GはHIVのマイナス鎖DNAに作用し、シトシンをデアミネーションしてウラシルに変換する事で、HIVのゲノム情報を破壊して抗HIV活性を示します。このタンパク質の立体構造と標的DNAとの相互作用様式をNMR法によって決定しました。

またデアミネーション反応を、NMRシグナルを用いてリアルタイムでモニタリングする事に、世界で初めて成功しました。得られた知見は、抗HIV薬の開発に有用であると期待されます。

04. In-cell NMR法による生細胞内の核酸の構造生物学研究

生きた細胞内は様々な分子が高密度に混在した分子混雑環境です。このような特殊な環境下では蛋白質や核酸の立体構造、構造ダイナミクス、分子間相互作用の様式などが試験管内の希薄溶液条件下とは異なりますが、これらを調べられる手法は限られています。

我々はin-cell NMR法という、生きた細胞内の蛋白質や核酸のNMRスペクトルを直接取得する手法の開発を進めています。これまでにヒト生細胞内において、「三重鎖構造やグアニン四重鎖構造などの特殊な核酸構造の形成」や「RNAアプタマーと標的分子との複合体形成」を証明しました。

また、ヒト生細胞内では、グアニン四重鎖構造などの強固な構造が、試験管内に比べてより頻繁に開裂していることも明らかにし、細胞内におけるこれらの核酸構造の制御機構に新たな視点を与えました。

05. 神経前駆細胞の未分化状態(多分化能を有する状態)の維持に関わるタンパク質Musashi

Musashiは標的遺伝子のmRNAの3非翻訳領域に結合して翻訳を阻害する事で、未分化状態を維持しています。

Musashiと標的RNAの複合体に関して、新しいNMR法(常磁性緩和促進、残余双極子結合等)を駆使する事でロングレンジ(30Å程度)の構造情報を抽出し、立体構造を決定しました。

またポリA結合タンパク質との相互作用の解析も進行させています。これによりMusashiによる特定遺伝子の翻訳抑制機構の全貌を明らかにしつつあります。

06. ノンコーディングRNAとタンパク質の相互作用

転写の抑制やテロメア長の制御に関与しているノンコーディング(非コード)RNAと、これと相互作用するタンパク質に関し、機能発現メカニズムを構造生命科学的アプローチによって解明することを進めています。